Archivum 崩壊:スターレイル

漫才

漫才の起源に関して、仙舟にはさまざまな説があり、それぞれの説の支持者の間で論争が繰り返されてきた。しかし、あえて言うならば、そのような論争には何の意味も意義もない。漫才が仙舟の日常生活の中で極めて重要な地位を占めていることを知っているだけで十分ではないか。

私の知る限り、仙舟人、狐族、持明族、さらには化外の民に至るまで、芝居が嫌いな人は大勢いるし、講談が嫌いな人は数え切れないほどいる。しかし、漫才が嫌いな人はほとんどいない。

理由は簡単だ。漫才は階級にかかわらず楽しめるし、気楽でユーモアに富んでいるからだ。1日の疲れが溜まり、体や頭を休めたいと思った時は、茶屋を見つけ、熱いお茶を飲みながら、椅子にもたれかかって漫才を聞く――あぁ、これ以上素晴らしいことがあるだろうか!

漫才は通常2人で演じ、1人がボケ、もう1人がツッコミをする。このような掛け合いの中で、面白おかしいストーリーが展開されるのだ。

私の本業は講談だが、漫才師と講談師はいずれも話術によって生計を立てているため、共通点が多い。前述したように、講談は物語を聞かせるだけでなく、聞いている人にその場にいるように思わせなくてはならない――漫才も同じなのだ。

しかも、漫才は1人の漫才師だけがどれだけ優秀でも、相方に能力がなければ、まさに宝の持ち腐れになってしまう。2人の息の合ったやりとりで絶妙なテンポが生まれ、そしてその独特な語りのリズムこそ、漫才が人々の笑いを誘う秘訣なのだ。

そろそろ観客から、「そういう意味では、漫才は講談よりも難しいのではないか?」という質問が出てくるだろう。

それについては…私は判断を下さない。自身で不夜侯を訪れ、講談と漫才を聞き、それから自分で判断を下してみてはいかがだろうか?