Archivum 崩壊:スターレイル

第一案・魔陰の身に堕ちる

……

漁公は仕方なさそうに首を横に振り、きっぱりと言った。「遠霞を罠にかけ、魔陰の身に堕としたのは、常鴻、お前さんじゃのう」

「遠霞が魔陰の身に堕ちたのは、寿禍の王が仙舟人に掛けた呪いのせいだ。なのに、何を根拠におれだと言ってる?」常鴻は机を叩きながら立ち上がり、不満の声を張り上げた。

夫が責められると、歓歓も立ち上がって声を荒げた。「うちの旦那は聖人君主とまでは言えないけど、人をあやめるようなマネはしないわよ!漁公、あんたの脳は身体と一緒に縮んじゃったの?」

「口を慎め!」馬朝が立ち上がり、歓歓を睨みつけた。「漁公が君の夫がやったと仰るからには、確証があるからに決まっている」

馬朝の大柄な体が勢いよく立ち上がった際、危うく頭が天井にぶつかりそうになった。この怒った巨人の前で、歓歓はこれ以上口を挟むのを諦め、席に腰を降ろした。一方の常鴻は、自身のこの先の運命がかかった問題だけに、歯を食いしばって反論しつづけた。

「魔陰の身に堕ちるのは自然現象だ。おれは職人だし、漁公はそうなる前は医者の身だ。皆事の道理ぐらい分かるはずだろう…自然現象は人間がどうこうできるもんじゃないって」

漁公は手ぶりで馬朝に座るように指示した後、まっすぐに常鴻を見据えた。じっと見つめられて、常鴻の顔には不安な色が浮かびだした。

「お前さんの言う通りじゃ、」漁公がゆっくりと続けた。「しかし…プラズマストームを操れなくとも、飛行士をプラズマストームの中に誘い込むことは可能じゃ。隕石を操ることは無理でも、その隕石で致命的な弾丸を造れないことはない。魔陰の身を操れなくとも……そこに誘導することは可能じゃろう」

常鴻は強張った顔に不自然な笑みを浮かべて言った。「ハハ…漁公、なんというご冗談を…魔陰の身に堕とす方法って、十王司の機密だろうがよ……」

「お前さんの叔父、常九は薬の売人じゃったのう。これはお前さんが常九に注文した薬剤の一覧じゃ」漁公が手で指示すると、心得た馬朝がすぐに手元の展閲を開き、発注書を見せた。

漁公は立ち上がり、慎ましく跪いて展閲を掲げている馬朝の前に歩いていくと、展閲の文を指さした。「お前さんは聡明できちんと学問を身に着けておるが、その才能の使い道を誤っておる。お前さんは方壺の狐族に処方を頼んだ……方壺の狐族は独自の医学体系を持っており、殆どの羅浮人にそれは未知の世界じゃ。お前さんの仕業は、常九をごまかし、地衡司、ひいては十王司の目を盗むことはできても……残念ながらわしは騙せない」

「一体何が言いたいんだ?」常鴻の顔から笑みが消え、冷たい視線が漁公に向けられた。

「『タンタン』、『ラカイタカ』、『チンリク』…これらは方壺の狐族の薬学書に記載されている処方じゃな。『タイビーカントウ』、我々の言葉で言うと『躁うつ病』を治す処方じゃ」。漁公は1枚ページをめくると、落ち着き払った口調で続けた。「さて、当時の遠霞さんに現れた症状は、方壺の狐族の言葉で言うと…ああ、そうそう、『カシ』、我々の言う『うつ病』じゃな」

すると、突然馬朝が怒りを爆発させながら立ち上がった。その勢いで危うく漁公が押し倒されそうになった。馬朝の怒鳴り声が響いた。「キサマ!遠霞は君を信頼して、躊躇いもなくお前からもらった薬を飲んだんだ。なのに、お前はわざと逆効果の処方で彼女の病気を悪くしたな!許せない!」

常鴻は開き直って反論した。「いいだろう、漁公、私が処方を誤って彼女のうつ病を悪くしたとしよう…でも、それで魔陰の身に堕ちるわけねえだろ?漁公も道理の分かる人間だ。『相関関係と因果関係は必ずしも一致しない』ことぐらい分かるだろ?」

常鴻の詰問に対し、漁公も一歩も譲らない。「もちろん。羅浮人の中にうつ病患者は何百万といるじゃろう。彼らは魔陰の身に堕ちることなく、無事に生きておる。お前さんがやったことは遠霞の病気を悪くしただけ――が、これは第1歩に過ぎない。

「これからが、お前さんの計画の本番じゃ。お前さんの奥さん、歓歓は毎週のように遠霞の家に通い、一緒にお茶を飲んでおしゃべりする。そこで、普段使いの物の場所を変えたり、新しい物を置いたり、元々あった物を盗んで隠したりする。また、遠霞の手紙を横取りして勝手に返事を書いて仕事の依頼を受ける……そして、困惑する遠霞さんの前で、お前さん夫婦は知らん顔で、白を切る。遠霞は、お前さん夫婦を信じて一度たりとも疑うことはないじゃろう。

「間もなくして、彼女の生活はめちゃくちゃになる。いつも使っていた櫛がどこにいったのか、新しい鏡をいつ買ったのか覚えていない。いつ仕事を承諾したのか、なぜ上司に乱暴な口をきいたのか、全くの謎じゃ。それに加えて、お前さんたちの『不思議な薬』のお陰で…遠霞は、文字通りお前さんたちに生け捕りされるわけじゃな。

「でも、一番哀しいことは、彼女が『人類』として生きる最後の瞬間まで、お前さん夫婦のことを一度も疑ってないこと。仕方ないのじゃ、世の中にこれほどまでに悪辣な心があるとは思いもしなかっただろうからよ」

……